私の中のゲンジツ

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<私の中のゲンジツ>

私は震災翌年、宮城県仙台市から宮城県柴田町の山間の地域に工房を移した。

素晴らしく美しい風景と引き換えに、吃驚するほど四季折々色んな事がある。
危険な虫は隙あらば我が血液を狙い、臭い虫は不意をついては現れる。
猪は車に向かって突進してきて恐ろしい。
ぼ~っとしている間に、蜘蛛は巣を張り巡らせ、じゃんじゃん雑草は伸びてゆく。大雨が降れば崖崩れが心配で、大雪が降れば屋根がつぶれないかヒヤヒヤ・・・

我々は自然の中で生かされている。
その意味の本質を理解できていなかった事を、痛感させられている。
そして同時に“今もまだ理解しきれてはいないという事”を心に留めていなくてはいけない、と常々思う。
震災を含め、ここ数年の環境の変化によって大きく意識させられた点である。

しかし、震災の前も、後も、変わらないものもある。
どんなに様々な事を経験し、熟考して得た概念であっても、
そこには必ず 〔枠〕 が存在してしまう という事。
このことも改めて意識させられたもうひとつの点である。

ただ、その 〔枠〕 の存在をきちんと認識し、概念の外側を想像してみたり、
意識的にひっくりかえしてみたり、裏からみたりしてみたい・・・
そのとき見えてくるひとつの 〔ゲンジツ〕 をどう受け止めるだろうか?

そして、その 〔ゲンジツ〕 は 〔未来〕 へ、どうつなげることができるだろうか?
そんなことを思う。

害虫ひとつを取り上げてみても、「害虫」という呼び方は人間主体なのであって、虫にとっては、我々こそが害なのではないか?ボコボコに刺されながらそんな事を思ったりもする。
「害人」???

 皆それぞれが主としてこの世に存在し、成り立っているのは現状ではあるけれど、どこを主として捕らえるかで意味合いが変わってくるから不思議だ。

たくさんの情報や人々の想い・思考・そして言葉、入り乱れる混沌とした世の中におのおの佇む小さな 〔概念の枠〕。
それを取り巻く 〔ゲンジツ〕。

その一部を取り出し、標本箱のような意味合いを持たせ、今回、BOX ARTとして表現してみた。作品中央のピンクの箇所は人の 〔概念の枠〕 である。夜光性塗料を使用した。
光を集め、時に光を放ち、そして陰る。 時にくっきり、時にぼんやり存在する。

比較的秩序よく整頓された概念の内と混沌とした無秩序な外の世界。
その内外に関係性を持ち、ひとつの箱として存在する 〔ゲンジツ〕。
色んな箱がこの世の中には存在するのだろう・・・と想像する。

最近では、近所の放置されたビニールハウスが日に日に雑草に飲み込まれてゆく様を目にしては思う。こんな風に人の概念も、存在も、簡単に自然の力に飲み込まれるのだろうか・・・
いや、きっと上手くバランスを取って共存してゆく術があるはず・・・

そんな事を日々、ぐるぐる思い巡らしている。


*尚、ここで言う〔現実〕とは、社会情勢的な〔現実〕よりもっと個人的で内面的な〔現実〕なので、感覚的に区別するために〔ゲンジツ〕と記した。

2014年 リアスアーク美術館20周年記念特別展 『震災と表現 BOX ART~共有するためのメタファー』によせて

出展作品 : 『ゲンジツ』
鉄、アクリル、夜光塗料
2014 (リアスアーク美術館収蔵)

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